平湯文夫の研究所だより No.067
南原繁につづく戦後2代目東大矢内原忠雄総長もりっぱな人でした。
南原については、岩波新書の『南原繁』をおすすめしましたが、矢内原には、一昨年、東大出版会から出たばかりの『矢内原忠雄』があります。この本を読んでいると、その編者、執筆者たちからも、専門を越え、教え子を越えて、たくさんの人たちに大きな影響を与えていることが分かります。
2人とも、戦後、東京帝国大学を東京大学に生まれかわらせることに懸命だったようです。専門の力をつける前に人間を育てたいと、前期の教養学部、さらには後期の教養学科を創設して、2人は尽力されたようです。中央官庁や大会社に行くより、地方へ行きなさいなどとも言っておられたようです。それは、学部長や教授たちにもかなり受け入れられていたところがあるのを知っていますし、事実、そのとおりに実行した卒業生を幾人か知っています。
にもかかわらず、高級官僚の天下りや退職金等、その腐敗ぶりは目にあまるものがあります。南原も矢内原も、ほんとに人間がりっぱでしたし、東京大学の卒業生は、専門の知識や技術の前に人間をつくって送り出さなければならないことをよく認識して、そのために力を尽くしたのですが、力及ばなかった卒業生も少なくなかったことになります。
世の中には、ほんとに悪い人間もたくさんいますが、たとえ人の千倍の仕事をしていても、一般国民よりはるかに多い給与と退職金を得たうえに、幾度も天下りをくりかえして億のつく金を得、自分の能力なら当然のことと思っている人間ほど最低な人間はいないと思います。人並み以上の能力は、劣る者のために尽くしてやるために、神様が与えてくださったものだったはずです。
これだけマスコミにもとりあげられたら、省庁ごとにでも、退職金等すべて返還しようと呼びかける人たちがいてもよさそうに思うのですが、そんな話もきません。
新教皇フランシスコ一世は「貧しい者を大切にする教会を」、「社会的に弱い人たちを守る」などと言い、日馬富士は、横綱になったときの挨拶で、お父さんに「ひもじい思い、寒い思いをしなくてよくなったら、人のために尽くしなさい」と言って育てられたと話していました。この横綱の、相撲の成績もさることながら、人間としての成長を楽しみにしています。
図書館も、優秀な人たちに、存分に学び情報を得てもらって、人々のために尽くしてもらうためでもありますが、それよりも、自分だけではよりよく生きていけない人たちに、元気や知識や勇気を得てもらうためにつくられた民主主義のインフラなのです。だからこそ無料の原則があるのです。
戦後4代目の大河内一夫総長も、卒業式で「太った豚より痩せたソクラテスになれ」と訓示して日本中に知られました。
多忙の中の気分転換に「物語・学校図書館問題史」の執筆にかかりました。
学校図書館のなかった戦中の小学校から、70年余も日本の教育と学校図書館を見つづけ、かかわりつづけた者は、ほとんど皆無に近いでしょうと、書きすさんでいます。学校図書館の歴史など全く知らないまま、学校図書館にかかわる人たちが、今、急増しているので、そんな方たちにも読んでいただけるようなものになれば、と思っているのですが、さてそんなものが書けるか。