研究所だより

平湯文夫の研究所だより No.109


すっかりごぶさたしました。私のHPを3月から埼玉福祉と愛知KKのHPにとりこんでくださることになりました。

 ご挨拶もなく休んだので気にしてくださった方もあったようで、申し訳なく、また嬉しく思っています。私の高齢化による身辺整理と人生の後始末といったところです。おそすぎた感じです。両社のHPの中に、時々は私の「研究所だより」も登場させていただくことになるでしょう。
 4年前の世界学校図書館会議出席以降、遠出はぐっと少なくなり、一昨年は『平湯モデル図書館写真集』を出版し、昨年はなんと平湯家の墓づくりまでしました。平湯モデルの図書館づくりも、もちろん続けています。階段を1段ずつ昇るのがじれったかったのはつい最近のことですが、今は1段ずつやっとです。でもコロナがおちついたらまたでかけましょう。


墓づくりまであげるのは気がひけますが、お墓も「平湯モデル」です。

 私のこだわりの平湯モデルのお墓は、協力してくれた旧友も絶賛してくれて、それを聞いた図書館の若い仲間たちが車を仕立てて、何時間もかかる私の生まれた故郷まで見にいってくれました。
 平湯モデルの墓というのは、図書館が桜材なら、お墓も桜御影というやさしく暖かい石材です。遠縁の協力もえて山の中に分け入って気に入った自然石も入手できました。
 銘文も30年前に思い入れて文章をつくり筆をとったものです。
 お墓は、縁談のときなども家と共に調べられるものなので、競ってつくられてきたようです。さて写真をご覧になっていかがでしょう。
 この墓づくりに合わせて「平湯4代のアルバム」もつくり、身内に送りました。私の中3以降をあずかり、両親の最後をみてくれた長兄の告別式の挨拶の文章などものせました。お墓もアルバムもけっこう好評で。「家族で何度も何度も見入っています」などと便りをもらって、やってよかったと思っています。



20年ほど前まで住んでいた旧居の片づけにもかかりました。

 引越しが少なく、捨てられない性分で、手のつけようもなく20年近くもそのままにしていたのですから大変です。親子5人、30年ほども生きてきたあとです。私の仕事で集めた資料も、庭も大変。
 手伝いにきていた娘が、すぐ近くの、その前に住んでいたところを見に行きたいと言うので、孫娘も一緒に行きました。久しぶりです。とりこわされた家あり、住みかわったところあり。わが家はほぼそのままでした。娘は、まず私が庭に作ってあげたぶらんこや鉄棒や平均台や砂場や藤棚のことを孫娘に話していました。そして、近くに公園がなかったので近所の子たちもやってきて遊んでいたことなども。本業以外は図書館づくりなどに夢中で、子どもたちと遊んであげられた記憶はほとんどありませんが、平湯モデルの素質はしっかり養われていたようです。



この記事は、2003年7月1日から平湯文夫先生が自身のホームページ「図書館づくりと子どもの本の研究所」に掲載した研究所だよりを再編集して転載したものです。


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